仕事でもプライベートでも、自分の考えを持つということが重要視されてきているように思う。
「言われたことをやるだけなら誰でもできる。」
「何考えているの?」
とくに、社会人になると多く求められるため、20代の中頃にもなれば自分の考えを強く持ち始めることは必然であろう。かくいう私も、あらゆる事象に自分の考えを持ち、その考えにある程度の自信を持ちつつある。
さて、この求められ、一般的には持て囃されている”自分の考えを持つ”ということについて、最近は短所も感じるようになった。その短所とは、人と話すときに偏見を持ってしまうことだ。”自分の考え”を強く意識するあまり、人と話すときにその議題の自分なりの答えを持って挑んでしまう。かつ、やっかいなことにその答えに対して自信を持っているため、心の中では(この議題の答えはこれ!もし相手の意見が違う場合は説得しなければ!)と息巻いている。その結果、人との意見のぶつかり合いが増えてしまった。議論は好きだが、人とぶつかり合いたい訳ではないのでより良い解決策を考えたいと思う。
解決策の一つは、相手を不愉快にさせずに自分の意見を伝える技術を身につけることだ。最近読んだ本に、『「答えのないゲーム」を楽しむ思考技術』がある。そこで面白い主張を見た。それが、”B◯条件”だ。”B◯条件”とは、相手と議論をする際、相手の意見ではなく自分の意見を円満に通したいときに使われる技術だ。A=自分の意見、B=相手の意見と置き、まずBを肯定できる条件を探す。そして、その条件下ではBが◯であるが、今回の場合はAの方がより良いのではないか?と提示するものだ。
たとえば、山登りをする服装を決める場合に、相手がブーツで行こうと行ったら否定したくなるだろう。その場合にも単に否定するのではなく、「たしかにレストランデートに行くとしたら最高の選択だね。」と一度肯定し、その後で「ただ、山に登るからスニーカーとかトレッキングシューズがいいんじゃない?」と自分の意見を伝える。こうすることで、相手を不用意に不愉快にさせず、自分の意見を伝えられると言う訳だ。
もう一つの解決策は、自身がより柔軟になることだろう。自分の考えは持ちつつ、かつ相手の意見を尊重することでより良い第三の案を探す努力をする意識を持つことだ。その意識はきっと相手にも伝わるだろうし、小手先の技術ではないため自分が頑張る必要もない。この方が建設的な意見のやりとりができるのではないだろうか。”自分の考えを持つ”を求められるのは、あなたに付加価値を求められているからである。そう考えると、”自分の考えを持つ”のたどり着くべきゴールは、”自分の考えを持ち、かつ相手の意見を尊重した上で、より良い考えを創出する”なのかもしれない。
以上
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